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「イジングおみくじ」の解説

これは何?

物性物理学でよく使われるシミュレーション手法で作った「おみくじ」です。状態をランダムに変化させるモンテカルロ法と呼ばれる数値計算手法を使っています。温度を少しずつ下げることで、おみくじの絵柄がひとつ浮かび上がります。

ノーベル賞とも関係があるって本当?

真鍋さんの受賞で注目を集めた2021年のノーベル物理学賞ですが、物性研究所としては、賞の半分を贈られたジョルジョ・パリージ (Giorgio Parisi) も見逃せません。彼はイタリアの物理学者で、統計力学における大御所とも呼べる存在です。ランダム系の統計力学、結晶の界面成長、場の理論、複雑系など幅広い分野で、著名な業績を残しています。最近では、鳥の群れの運動に関する研究も行なっています。

パリージの有名な研究の一つが、スピングラス模型の研究です。このイジングおみくじで用いた模型も、ある種のスピングラス模型になっています。

イジングって何?

ドイツの物理学者エルンスト・イジング (Ernst Ising) の名前です。彼は、博士課程学生のときに、非常に単純化したスピン系のモデルを研究しました。このモデルを彼の名前に因みイジング模型と呼びます。ちなみに、イジング模型を最初に考案したのは、イジングの指導教官だった同じくドイツの物理学者ヴィルヘルム・レンツ (Wilhelm Lenz) だそうです。

イジング模型って何?

原子や電子が持っている磁石のような性質を、スピンと呼びます。物質中のスピンが同じ方向を向くと、日常で目にする永久磁石になります。このスピンを極限まで単純化して、上か下のどちらかしか向けないと限定してしまったのがイジング模型です。単純化したことで、簡単に計算できるようになりました。非常に大胆な仮定ですが、温度を上げると磁石の性質を失う相転移現象を説明できます。

モンテカルロ法って何?

乱数を使ってシミュレーションを行う手法の総称です。統計力学の数値計算では、平衡状態の確率分布からサンプリングするためにマルコフ連鎖モンテカルロ法がよく使われます。このシミュレーションでは、ランダムに一つのスピンを選んで、適切な確率分布に従いランダムにスピンの向きを変えています。温度が低いと、エネルギーが低い方に向きやすくなります。逆に、高温ではスピンの向きはランダムになります。ちなみに、モンテカルロ法の名前は、モナコ公国の地区名で有名なカジノがあるモンテカルロ (Monte Carlo) が由来となっています。

絵の赤白は何を意味しているの?

それぞれの四角がイジングスピンで、上向きを赤、下向きを白として表示しています。スピンは全部で2500個 (50×50) あります。

何故、絵柄が出てくるの?

永久磁石のような強磁性体の模型では、隣り合うスピンが同じ向きになったほうがエネルギーが低くなります。温度を下げると全部のスピンが同じ向きに揃います。つまり、白か赤の1色になります。一方、反強磁性体の模型では、反対の向きになったほうがエネルギーが下がります。互い違いに向きが変わるので、低温で市松模様が出てきます。場所によって強磁性と反強磁性を変えることで、特定の絵柄が最もエネルギーが低くなるようにできます。

それだと複数の絵柄は出せないのでは?

鋭い質問で、その通りです。実際には、連想記憶のモデルであるホップフィールド模型を使って、複数の絵柄を相互作用に埋め込んでいます。スピン対の相互作用を全ての絵柄で平均したものが実際の相互作用になります。また、埋め込める絵柄の数を増やすために、隣り合うスピンだけではなく遠く離れたスピンも相互作用する全結合の模型をシミュレーションしています。

下にあるカラーバーは何を意味しているの?

現在のスピン状態とおみくじの各絵柄との重なり具合を表しています。バーの幅が広くなるほど、より似た絵になっています。絵柄同士に重なりがあるので、おみくじが確定しても1色にはなりません。

なかなか終わらないときがあるのは何故?

埋め込んだ絵柄とは異なる準安定状態に陥ってしまっています。よく見ると、複数の絵柄が混じった状態になっています。ある程度時間がたっても準安定状態にいる場合は、一旦温度を上げて冷やし直しています。何回も準安定状態に陥るのは稀なので、ある意味、運が良いのかも。